2006年02月20日

ea05253c.jpg三番目の包丁とは、薄く延した麺帯をたたんで切り、細い麺の状態にする工程。前にも書きましたが、「切りべら二十三」というそば打ち用語があり、一寸(30.3mm)の麺帯(厚さが1.5mm)を二十三等分に切り分ける定法で、一本の麺が幅1.3mm、厚さ1.3mmの断面となります。一本の麺の長さは、折りたたむ前の麺帯の幅が約900mmなので四つ折にして225mm、手前の折り返しは通常つながり、向こうの折り返しは包丁で押すため切れてしまいます。従って一本の麺の長さは450mm程度となります。
すべての麺がこの寸法でロスが無いとすると、1,500gの蕎麦粉(内つなぎ粉300g)と43%の加水の計2,145gの蕎麦の玉から、一本約1gの2,150本の蕎麦切り麺が出来上がることになります。でもそんなに機械みたいにはいきませんので多少のばらつきはでますし、それが手作りの良い面でもあります。あるそば好きの哲学者の方が、「手打ちそばの麺はどれ一つとして同じサイズではないから、飽きずにその食感(テクスチャー)をいつまでも楽しめるのだ。」と著書で述べられていました。そうかも。
写真で縦の断面で写っている「そば切り包丁」は長さ一尺二寸(360mm)です。包丁の右が麺を揃えて切るためのガイドである「こま板」。下が「切り板」です。檜の柾目材の寄せ木細工で、刃の当たりがやわらかく耐久性に優れ狂いも少ないとされています。包丁が少し傾いていますが、包丁を少し傾けてこま板をずらし1.3mmの幅で切っていきます。ここでもリズムが大切です。一鉢二延三包丁で包丁が一番やさしいと言うことですが僕にはすべてが一です。機械みたいに切れるようになりたい。
包丁と切り板はちょっと高価だったのですが、「一生もん」の言葉についクラッときて買ったものです。でも良いものは良いと最近つくづく感じております。

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2006年02月19日

13b7c0d6.jpg今回は「延し」。丸い塊の蕎麦の「玉」を最終的に1.3mm〜1.5mmの薄さに延す作業です。写真の黒い棒は、左が「延し棒」で右が「巻き棒」。双方とも直径28mmです。長さは延し棒が900mm、巻き棒が1,050mm。延し棒はその名のとおり薄く延すための麺棒で、巻き棒は縦に1,400mm程になる麺帯を延し板からはみ出ないように、且つ乾燥しないように巻き取るための麺棒です。巻き棒は二本使用します。写真の延し棒の左側が延し終わった麺帯で約1.3mm、巻き棒に巻かれている麺体はまだ2.5mm程の厚さです。
最初丸かった玉を四角にする工程がありますが、この工程を「四つ出し」といいます。
1.5kgの蕎麦粉に43%の加水をすると2.1kg。この玉の体積が約1,600c㎥で1.3mmの薄さに延すと概ね縦1,400mm、横900mmの長方形の麺帯になります。この麺帯をたたみ、1.3mm〜1.5mmの幅に切る作業が、三番目の「三包丁」です。続きは次回に。
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2006年02月16日

3dd63298.jpgわらび餅です。今日からメニューに加わりました。もちろん手作り。わらび粉にグラニュー糖と水を加えて手坊主鍋を火にかけ練り上げます。手坊主鍋と言うのは底がいろんなものを練りやすいように中華鍋よりももっと丸くなっている銅製の練り専用の鍋です。プルンとした食感とほのかな甘さを黄粉とともにご賞味ください。朝仕込んだ分だけですので売切れ御免です。

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2006年02月14日

c8897f8b.jpgいちはち、にのし、さんほうちょう。手打ちそばの作業の要諦を語呂よく表した言葉です。鉢とは、そば粉に水を加え、そば粉に水をまわし、練り上げる工程。ここでそばの良し悪しがほぼ決まることから、一番大切な工程です。また、加水率1%(1kgのそば粉でたった10ml)でも練り上げるそばの性質ががらりと変わるので一番難しいところです。気温や湿度、そば粉の状態等を勘案して適正加水率を割り出します。一人前になるには三年かかるとも言われています。そして腰のあるそばを作るための練り。しっかりと体重をかけ、力強く練りこんでいきます。リズムも大切。丹念に練り上げたそばの玉(丸い塊)の表面が菊の花に似ていることから菊練りと言います。
通常は木鉢を使用しますが、当店ではそば練り専用のステンレス鉢を使用しています。
次回は延しの工程をご紹介します。
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2006年02月09日

7a44eb62.jpgRの付く月で牡蠣も良く育った二月Februaryに「牡蠣そば」はいかがでしょうか。プリプリの滋養豊かな牡蠣(蛎とも書きます)。かきは洋の東西を問わず世界中で食べられているそうです。ヨーロッパでは紀元前から、日本では延宝年間(17世紀)に広島で養殖が始まったとされています。牡蠣は基本的に2つお入れしますが、小ぶりなものは3つお入れします。葱・三つ葉・海苔・柚子と一緒にどうぞ。(参考:「そば蕎麦百珍」福田浩著:柴田書店)
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2006年02月08日

89526c58.jpgホンノリとそばの出汁を感じる甘さほどほどの玉子焼きです。写真はハーフサイズでおそばのサイドメニューや蕎麦前(お酒)のおつまみとしてちょうど良い量です。
熱々を召し上がりたい方は玉子焼き器の関係で二人前となりますがお出しすることができます。卵5-6個分で結構ボリュームがあります。少しお時間をいただく場合がありますのでご了承ください。

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2006年02月04日

e7d7ad29.jpg昨日は節分だったので、ご来店のお客様に「大豆の返し煎り」をお付けしました。甘辛くてお酒のつまみにもいいですね。
そして今日は「立春」、立春に「芹(せり)そば」はいかがでしょうか。芹は春の七草のひとつ。その芹をさっとゆがいてちらした温かいそばです。春の訪れにどうぞ。

■せりの効用:消化を助け、便秘、冷え性、風邪に効果的。

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2006年02月02日

abe8f213.jpg今や納豆は国民食とは言わないが、全国区の食べ物ですね。以前は関東より西ではあまりなじみがなかったように思います。僕も子どもの頃はかなり偏食だったせいもあり、口にした記憶がない。本当に好き嫌いが激しかった。魚(生はもちろん煮魚や焼魚もだめ)や大根の煮たやつとか、トマトとかは全くだめ。でも、予備校で東京に出てからは、まかない付きの3畳の下宿で毎食嫌いなものばかり出る。食べ盛りだし、何と言っても贅沢がいえる立場じゃない。納豆を含め何でも食べられるようになりました。
先日ご来店いただき、「納豆そば」を召し上がった色白で肌の綺麗な女性が、「納豆でお肌ツルツルね。」と仰っていた。そうか「納豆美人」だな。特に女性のみなさまへ「納豆そば」(ぶっかけ)をおすすめします。
黄色いのは「卵黄」、白いのはフワフワの「卵白メレンゲ」、そして茶色の「納豆」です。青味は「かいわれ大根」。
「ぶっかけ」は、もり汁とかけ汁を同割合で混合した冷たい汁がかかっています。
最後に残った納豆と卵の汁でご飯もいけます。

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2006年02月01日

9a85796e.jpg写真のプラモデルは知り合いのバイク屋さんからいただいたものだ。そのBike shop「key-pu left」のHさん一家6人と愛知の同じくバイク屋さんSさんご夫妻に1月30日ご来店いただいた。前の会社で子供達を対象にしたバイクのレーシングスクールを担当していた時期があったが、その時の第一期生のご家族だ。もう15年も前だ。その時の子供達が結婚して子供を持つ親になっていた。世界に通用するレーシングライダーの育成を目標にしていたが、その通りワールドGPに参戦する子もいた。悲しい出来事もあったが、みんな自分の道をあるがままに進んでください。
ところで、このバイクのフィギアいい感じですよね。蕎麦の出前だいっ!て感じが良く出ている。でも、弊店は「sorry. we can't deliver(出前).」です。

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2006年01月26日

sobakiri1702(元禄十五)年12月の赤穂浪士の吉良邸討ち入りの前に集結したのはそば屋だったそうだ。左の絵は、討ち入りの準備期間中、義士の一人がそば屋になり巷の情報を収集していたが、討ち入りに備えあばら家住まいでも槍の猛稽古を怠らずにやっているところへ、夜鷹そば売の仲間が3杯もそばの差し入れをしているところ。
1860年(万延元年)には、江戸市中に3700軒あまりのそば屋があった。当時の江戸の人口は約100万人、現在の東京は1200万人で、そば屋は5000店ほど。いかに多くのそば屋があったかですね。
そして、なぜこれほど多くのそば屋があり、そば食文化が広まったのか?
理由は大きく3つ。
(1)外食の普及:田舎から独身者を中心に多くの人口流入があり、彼らに手軽な食を提供する外食産業(そば・うどん・寿司等)が盛んになった。蕎麦はファストフードのはしりだった。
(2)健康志向:当時精米した白米を食べるようになったため、ビタミンB1の欠乏による脚気(江戸患いといった)が流行っていたが、そばを食べている人はその脚気にかからないということで、こぞってそばを食べるようになった。
(3)グルメ:最初は屋台で売るそばで庶民が主な利用者だったが、そば食が広まり、キチンとお店を構えて高級なそばを出す処も出てきた。水戸黄門もそば好きだったと言われるように大名も好んで食べるようになった。
というわけで、現在も江戸前のそば食文化が脈々と受け継がれているのです。
でも、「外食・健康・グルメ」今も一緒ですね。
(参考:「そば学大全」俣野敏子著:平凡社新書)&日経ビジネス2005.12.12号P85漢方養生訓
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bzj01031 at 20:26コメント(0)トラックバック(0)そばの歴史 

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